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#25 「生物多様性」を活用し持続可能な産業社会への転換を!
―生態系の機能を最大化する新規事業開発支援―

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  • サンリット・シードリングス株式会社
#25 「生物多様性」を活用し持続可能な産業社会への転換を!―生態系の機能を最大化する新規事業開発支援―

生物の多様性によって持続可能な社会を実現する――。そんなビジョンを掲げ、農業や水産業、工業などの産業に、動物や植物、昆虫、菌類、細菌類といった生物の多様性を応用しようとしているのが、サンリット・シードリングス株式会社。生物がどのように関係し合いながら共生しているかを可視化し、“作物がよく育つ土壌”や“魚が元気で居続けられる養殖環境”などの実現を図ることで、生物多様性を産業に役立てる事業を展開している。最終的には、生物多様性の損失が回復に転じ、かつ人類の生活や産業の持続可能性も高まる「ネイチャー・ポジティブ」な地球社会の実現を目指す。同社のこれまでの歩みと生物多様性で描く未来像を、代表取締役の石川奏太氏と創業者・取締役で、京都大学大学院生命科学研究科教授の東樹宏和氏に聞いた。
(聞き手:伊藤瑳恵)

創業を後押ししたのは、生物多様性や学術研究に対する“危機感”


サンリット・シードリングス株式会社を設立されたきっかけを教えてください。

東樹

私は子供のころから生物が好きで、大学入学後は、野外に出て生物を採集し、分析したり観察したりするフィールドワークを行っていました。そこから現在に至るまで、植物や昆虫を対象にした生物の基礎研究をしています。なので、当初は自分が起業に携わることになるとは想定していませんでした。

ただ、一方で、生物多様性が地球上からどんどんなくなっていくことは危惧していました。生物多様性は一度失われると永久に失われてしまうので、私の次の世代は色々な生物を見たり研究したりすることができなくなるのではないか…と憂慮していました。世間では生物や生態系の保全についてあまり関心を持たれておらず、基礎研究を進めるだけでは科学者としての責任を果たすことにならないのではないかと心配する気持ちもありました。

そんな中、2010年に京大の「白眉プロジェクト(※)」に採択されました。多様な分野の研究者が集まるプロジェクトでとても活気があり、かなり攻めた研究をしないと渡り合えないのではないかと思うほどでした。そこで考えたのが、次世代DNAシークエンサーを使って生物多様性を網羅的に可視化する技術を応用し、野外環境で生物たちがどのように関わり合っているかを分析するという研究テーマでした。

研究の一環として、一つの森にある数十種類の植物の根を分析しました。植物の根には、菌を始めとした共生者がいるので、森の地下でどのような生態系のネットワークが構築されているかを調べたのです。これまでにのべ400種ほどの植物について、総計で数万種の真菌(きのこ・カビ類)・細菌を検出してきたでしょうか。膨大なデータがあれば、それを分析する技術の開発も進みます。こうした研究を進めるうちに企業との共同研究が始まり、自分がやってきた研究が産業に結び付くようになりました。そのうち、一研究室ではマネジメントが難しくなり、会社を立ち上げることを決めました。

 

※白眉プロジェクト:2010年に立ち上げられた、京都大学の“京都大学次世代研究者育成支援事業「白眉プロジェクト」”。優秀な若手研究者を年俸制特定教員(准教授、助教)として採用し、自由な研究環境を与え研究に専念させることにより、次世代を担う先見的な研究者を育成するための取り組み。

(東樹宏和 創業者・取締役)
東樹宏和 創業者・取締役

石川社長はどのようなきっかけで貴社に参画されたのですか。

石川

前職は、フランスのパスツール研究所(Institut Pasteur)で感染症疫学の研究を行っていました。当時から強くあったのは、研究成果を社会に実装することが学術の将来を守ることにもつながるという意識でした。こう思ったのは、欧米と日本では学術や研究に対する社会的な意識が顕著に違うと感じたことが大きいです。

フランスにいた当時、一般の人に研究内容を話したところ、「あなたの研究によって私達の生活が感染症から守られるのですね」という反応をもらい、すごく驚きました。日本では研究することに対して、「その研究は一体何の役に立つのですか?」という発言であったり、大学の予算が削られてしまったりと、社会にとって学術の重要性が低くなっていることを痛感していたからです。こうしたギャップを解消するために自分に何ができるか考え、研究の成果が実業面で役立つという事例を自ら作ることができる大学発ベンチャーの門を叩くことにしました。


研究成果を世の中の役に立てるため、ベンチャー企業への参画をご決断されたのですね。

石川

正直に言えば、研究者として今後も食べていくのは難しいなとも感じていました。日本でもフランスでも、研究者が研究だけをして生き残っていくには、激しい競争を勝ち抜かなくてはなりません。研究ではない生き方にも視野を広げようと思い、2020年4月に研究開発部長として正式に入社しました。

石川奏太 代表取締役
石川奏太 代表取締役

創業直後のコロナ禍でも腐らず前を向き続けられたワケ


創業された後、どのようなことで苦労されましたか。

石川

実は、会社の立ち上げ当時は新型コロナウイルスが蔓延し始めた頃で、しばらくの間、研究所を設置している大学内に入ることすらできなかったのです。もちろん、これは全くの想定外でした。会社に入って最初の業務は、中小企業救済のための助成金を取るための申請書を書くことでした。社用車も勿論ないですし、自転車を漕いで県庁の窓口まで紙の提出をしにいったこともあります。思い描いていたスタートとはまるで違いましたし、いつ会社としての本業を始められるのだろうか、このまま会社が倒れたらどうしよう、という不安もありました。 とは言っても、ベンチャー企業で働くには、どんな状況に置かれようと、思考ががんじがらめになってはいけないと思うんです。なぜかというと、ベンチャー企業は経営も技術開発も、論理は突き詰めていくけれど、最終的には「やってみないと分からない」というところに行きつく。大事なのは「やってみるしかない」と割り切れるかどうか。体当たり精神が必要なところが性に合っていたと思います。

2022年3月に社長に就任した際も、会社が立ち行かなくなったら次のキャリアをどうするのか…という不安は頭をよぎりましたが、棺桶に入るときに後悔はしたくない。結局、「やってみないと分からない」と腹をくくりました。信頼できる会社のメンバーがいてくれるこの環境だからこそ、踏ん張ってみようと思えました。


石川社長はPh.D.(博士号)をお持ちで、精力的にご研究されてきたと伺いましたが、こうしたご経験はどのような場面で特に活きていると感じますか。

石川

課題の解決能力として、あらゆる場面で活きていると感じます。個人的には、博士号というのは、特定の分野で顕著な成果を出した者ではなく、未知の課題であっても自ら挑戦することができる能力のある者に与えられるものだと思っています。これは研究や技術に限ったものでなく、どんなときでも発揮されるもの。課題に対して、必要な情報を収集して自らアプローチを考え、問題解決のために試行錯誤を繰り返す――。こうした“知的体力”は、自分の強みだと思っています。


貴社が目指すビジョンを教えてください。

東樹

生物多様性を可視化して評価し、農業や水産業、工業などのあらゆる生産活動の効率化に活用していくことを目指します。最終的には、生物多様性と生態系の機能を活かした持続可能な産業構造への転換を目指しています。単独の生物種で実装できる生物機能は限られています。複数の種(ゲノム)で構成されるシステムの機能を生態系レベルで最大化・安定化する技術こそ、21世紀中に達成されるべき科学的目標と捉えています。地球人口が増え続ける中、資源利用効率と持続可能性が高い生産システムへの転換は必須と言えるでしょう。食糧供給の不安定化が将来もたらし得る紛争のリスクを低減するためにも、今から動き出すことが大切だと考えています。 生態系・生物多様性の科学は、身近な生活にも関わっています。近年、サンマの漁獲量が減少し、値段が高騰しています。ウナギも、稚魚であるシラスウナギが十分に捕獲できず、養殖もまだ高コストです。魚に限らず、美味しいものを資源枯渇の心配なく食べ続けられるというだけで、毎日の幸福度は全然違うと思いませんか?それが我々にとっての大きなモチベーションです。


こうしたビジョンをどのようにビジネスに落とし込んでいますか?

石川

ビジョンを実現するためのビジネス上のミッションは3つあります。(1)生物多様性を可視化できるような方法や指標を示すこと、(2)農業や林業などの産業に生物多様性を活用する具体的なノウハウを提示すること、(3)多様な分野で持続可能な事業として成り立たせること。最近では、企業や団体が事業を通じて自然環境に及ぼす影響を可視化する取り組みであるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みに生物多様性も盛り込まれ、(1)の生物多様性の可視化にはニーズがあると考えています。

優先すべきは自社技術よりも、顧客のニーズを汲み取り伴走すること


貴社の具体的な事業内容を教えてください。

石川

農林水産業やインフラ関係の産業を対象に、生物多様性の科学を活用した問題解決を行う事業を展開しています。例えば、農業であれば、土壌改善や病害対策に力を入れています。病害が発生しやすい土壌とそうでない土壌の生態系を解明し、微生物資源を使った新しい資材をソリューションとして提供するなどして生態系の機能を活用しています。効果を測定するために、資材使用後の土壌環境をモニタリングすることもできます。最終的には、農薬の減薬や農家の収量増加にもつなげ、環境的にも経済的にも持続可能なビジネスモデルを作っていきます。水産業では餌の改良や水質管理のデバイスの開発・提供、林業では造林のプランニングといった、個別介入ができる事業モデルです。

土壌環境が違う2種類のトマトの苗の出荷準備をする様子
土壌環境が違う2種類のトマトの苗の出荷準備をする様子

貴社の独自技術やオンリーワンのポイントを教えてください。

東樹

生物多様性の可視化や評価に終始せずに、ソリューションまで提供することが強みだと思います。評価してどういうリスクがあるかが分かった後に、課題解決まで伴走するところが決定的に他社と違うでしょう。

石川

こうしたことができるのは、創業時から「これで勝負する」という固定のビジネスモデルを作り込まなかったからかもしれません。とにかく、私達はどこでも足を運んで何でもやって、誰とでも話してきました。新事業開発には、そういう土台作りが必要だと思ったからです。技術的には、東樹先生の研究をベースにしたコア技術によって、これまで様々な事業現場で見えなかった生物同士のネットワークを可視化できることが強みです。特定の生物が、別の生物や周辺環境とどのように相互作用しているのかを生態系のネットワークとして可視化しています。その中で、特に重要な役割を果たしているモジュールを見つけ出したり、生態系の将来予測をしたりすることも可能です。


事業を進める上で大事にしていることは何ですか。

石川

顧客に求められていることをきちんと汲み取ることです。特に、研究者出身の人がビジネスをやっていく上で陥りやすいと思うのですが、「自分にとって良いと思うもの(技術)」を一方的に提供するという押し付けになりがちです。相手の課題がどういうところにあって、どういう提案をすれば我々の技術が活きるのか…という思考の順序を意識しています。

東樹

例えば、当社で微生物資材を開発したとしても、それを使わずに農業が安定する技術があるのなら、ためらいなくその技術を提案していくというのが私達のスタンスです。問題解決の仕方は、色々な技術を組み合わせることによって無限の可能性があるので、自分たちが見つけた路線にしか沿わないということはしません。


起業を志す方へのメッセージをお願いします。

東樹

ある程度評価されるようになったら、そこに安住したくなるときは必ずくると思います。でも、そこから一歩踏み出して、常に新しいことに挑戦し続けることが大切だと思っています。

石川

ベンチャー企業は、自分のやりたいことをやる場所ではなくて、誰もやったことがないことをやる場所だという意識を持つこと。そして、会社のビジョンや事業に信念を持ち、自分の信ずるもののためにどんなことでもする意志が重要だと思います。

(2023年12月取材。所属、役職名等は取材当時のものです)


投資担当者より

生活者・科学者としての実感に根差し現場のリアルな課題にも耳を傾け、気候変動や生物多様性の喪失など地球規模の課題解決を目指す生物多様性スタートアップです。京都iCAPはサンリットの支援を継続するとともに、地球の難題に対して正面から・しかしユニークな切り口で取り組む企業として力強く成長することを願っています。サンリットは、自社の課題を「生物多様性」の切り口で解決してみたいという企業や、ビジョン達成に向けてともに働いて頂ける方を求めています。

篠原 昌宏
篠原 昌宏

篠原 昌宏


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