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#35 ホウ素中性子捕捉療法とナノテクノロジーの技術で
革新的ながん治療を開発する創薬ベンチャー

SERIES EMBARK

  • RadioNano Therapeutics株式会社
#35 ホウ素中性子捕捉療法とナノテクノロジーの技術で革新的ながん治療を開発する創薬ベンチャー

がんの放射線治療の一種である「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」。中性子とホウ素の核反応を利用してがん細胞を選択的に殺傷する治療法として注目されている。2025年4月に設立されたRadioNano Therapeutics(ラジオナノセラピューティクス)はホウ素を豊富に含むナノ粒子を用いて、従来の薬剤よりも高い治療効果が期待できるBNCTの新しい薬剤を開発し、実用化を目指す創薬ベンチャーだ。上市に向けて臨床試験を進める代表取締役社長の千葉雅俊氏と、発明を担った京都大学大学院人間・環境学研究科教授で同社社外取締役・科学諮問委員を務める小松直樹氏に開発の経緯と進捗状況について聞いた。
(聞き手:田北みずほ)

ナノ粒子とBNCT、2人の研究者が新たながん治療薬剤を生み出す


御社は新しいがん治療法の社会実装を目指しているとのことですが、小松教授はこれまでどんな研究をされてきたのでしょうか。

小松

私は京都大学工学部出身で、理学部助手を経て滋賀医科大学に准教授として着任しました。ここでナノ医療という分野に踏み出し、薬を体の中の狙った場所に運べるよう制御するDDS(Drug Delivery System)の研究に取り組みました。10年ほどで様々なナノ粒子の表面を親水性の高分子で被膜してよく溶けるようにするという技術を確立しました。

京都大学に着任したのは2015年です。程なくして、ホウ素と中性子との間で起こる核反応を利用してがん細胞を選択的に破壊するBNCTというがん治療法を知りました。京都大学には複合原子力科学研究所という原子炉施設があり、そこにBNCT研究の大家として知られる鈴木実教授がいらっしゃった。私が取り組んできたナノ粒子の中にホウ素を詰め込んだら、優れた薬剤ができるのではないかと考え、鈴木先生との共同研究をスタートさせました。その結果、ホウ素を豊富に含むナノ粒子を親水性ポリマーで被膜した「RN-501」を開発できたんです。

そのころ、あるきっかけで京都iCAP投資第二部長の上野博之さんと出会いました。この研究に興味をもってくださって、定期的に議論したり提案をいただいたりしていたんですね。そうしているうちに「社会実装を目指して起業しましょう」という話になって2025年4月に会社を設立したというわけです。

 

小松 直樹
小松直樹 京都大学大学院人間・環境学研究科教授 / RadioNano Therapeutics社外取締役・科学諮問委員
京都大学工学部石油化学科卒。京都大学理学部助手、滋賀医科大学医学部助教授等を経て、2015年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授(現任)。2024年4月よりRadnioNano Therapeutics社外取締役及び科学諮問委員。

 


千葉さんはどういう経緯で経営に参画することになったのでしょうか。

千葉

私は東京大学薬学部の修士を経て、医薬品事業の研究者として総合化学メーカーに入社しました。そこでCMC(Chemistry, Manufacturing and Controlの略。医薬品原薬や製剤の最適な製造プロセスや品質試験法などの研究開発)に携わり、生理活性物質を医薬品に仕上げていくまでの研究開発に長らく取り組みました。

新薬のシーズを、製品として完成させるのは簡単なことではありません。薬効が強くて優れた医薬品になりそうに思えても、例えば水に溶けない、化学的な安定性が悪いなど、物性が悪いことも多い。研究者が見つけた化合物の中から、医薬品にするのにふさわしい物性のものを選び、さまざまな問題をクリアしながら医薬品に仕上げていく。開発の加速化や成功確度の向上を含め、医薬品を世に送り出す仕事にずっと従事してきたわけです。

入社した会社は5度の合併を経て田辺三菱製薬株式会社となっていまして、2023年3月に定年退職。先輩が経営する抗がん剤開発ベンチャーの仕事に関わっていたのですが、そこで会社経営やベンチャーの立ち上げに興味を持つようになりました。そんなとき、リクルーターから京都iCAPが経営者を探している創薬ベンチャーがあると声をかけていただいたんです。研究内容を聞いてデータも見せてもらって非常に驚きました。小松先生と鈴木先生が開発した「RN-501」は抗がん効果が強く、安全性も高い。加えて、がん免疫作用の誘導も期待できる。即座に、これはものすごく面白そうだ!新しい治療法として普及させたい!という思いに駆られました。そして今に至るというわけです。

 

千葉 雅俊
千葉雅俊 RadioNano Therapeutics代表取締役社長
田辺三菱製薬にて35年勤務。その間、CMC部門、生産・サプライチェーン部門、創薬研究部門(化学、物性分析、プレフォーミュレーション・創剤・DDS)、コーポレート部門(製品戦略、BD、RD 改革、医療政策)の様々な機能部門を経験。また、国内本部長、海外子会社社長・代表取締役(英・独)としてマネジメント・経営に従事。薬学博士
2024年4月RadioNano Therapeuticsを設立し、代表取締役社長に就任。

抗腫瘍効果が高く体幹部のがんにも適応できる薬剤を生み出す


BNCTとはどういう治療法なのでしょうか。

小松

BNCTはがんの放射線治療の一種で、中性子とホウ素の核反応を利用してがん細胞を選択的に破壊する治療法です。ホウ素には安定同位体である10Bと11Bがあって、10Bは中性子の捕捉能が高いという特性があります。ですから、がん細胞に10Bを送りこみ、そこに中性子を照射します。そうすると、アルファ粒子とリチウム原子核が生じる核反応が起こります。核反応によって発生するアルファ粒子によって、がん細胞を破壊できるという仕組みです。
中性子自身は体に無害ですし、ホウ素をがん細胞のみに届けることができれば正常な細胞への影響が少なく、効果的にがん細胞だけを殺傷できるので、注目されている治療法です。すでに、一部のがんに保険適用されているBNCT用の薬剤が存在しています。

 

BNCTの仕組み
BNCTの仕組み。ホウ素を含む薬剤を体に投与し中性子を照射するとアルファ粒子とリチウム原子核が生じ、がん細胞が破壊される

 


BNCT用の新しい薬剤「RN-501」は、どんな特徴を持っているのですか。

小松

今、使われているBNCT用の薬剤には腫瘍だけにホウ素を集める選択性や長く留めておく滞留性などに課題があるといわれています。それを解決できるのが鈴木先生と私が開発した「RN-501」です。これはナノ粒子を使っているのがポイントです。RN-501はホウ素を含むナノ粒子を親水性ポリマーで被膜したものなのですが、腫瘍に集まりやすい性質を持っています。腫瘍というのはどんどん増殖していきますから、栄養を運ぶための血流が旺盛なんですね。ナノ粒子はそうしたところに入り込みやすいという性質があり、必然的にがん細胞に集まりやすい。送りこむナノ粒子のサイズを適切に制御することで腫瘍に選択的に取り込まれるよう工夫しています。

RN-501は比較的長く腫瘍に滞留するという特徴があります。薬剤を体に入れて腫瘍に蓄積したころに中性子線を当てるのですが、滞留性が高いので、1回の薬剤投与で中性子線を複数回照射することや、大きながん、体幹部のがんにも適応可能です。また、従来の薬剤よりも低用量・短時間で治療できるというメリットもあります。

ナノ粒子が血中でうまく溶ける親水性のポリマーは滋賀医科大時代の研究で発見したものです。実は、これを見つけるのに5年くらいかかっているんですが、地道に基礎研究を積み上げたことがRN-501の開発につながったといえます。

千葉

動物実験では腫瘍に対する効果だけではなく、免疫作用を誘導して再発予防効果も期待できるのではないか、という結果も出ています。

 

RN-501の特徴
ホウ素を豊富に含む無機ナノ粒子を用いた製剤「RN-501」はがん細胞に集中的に届くように設計されている

社会実装に向けて臨床試験や企業との共同開発を加速


承認・上市に向けて、研究開発をどのように進めていますか。

千葉

2027年に臨床試験に入ることを目指し、前臨床試験を進める一方、第I相の臨床試験に向けた体制を整えているところです。医薬品の開発を審査する規制当局、中性子照射装置を製造開発する企業、臨床試験を実施する病院などとの連携です。RN-501を使ったBNCTはユニバーサルに効くと考えていますが、患者数の多い肺がんを第一適応症としていきます。

薬剤の製造についても、製造のプロセス、条件、品質評価の試験法の開発も行っているところです。実は、RN-501は特殊な製法を用いていることもあり、製造受託会社がなかなか見つからなかったんです。ひと言で言うと、溶媒を使わず機械化学的な合成法で医薬品の中間体を作る、ということなんですが、製薬業界から見るととてもユニークかつチャレンジングです。薬剤が作れなかったら先に進めません。「これは“死の谷”か」と頭を抱えましたが、あるVCさんの紹介で奇跡的にマッチする企業に出合うことができまして、安定的に製造できる体制がすでに整っています。がん患者さんに実施する第I相の臨床試験が会社にとって重要なステージと考えていますので、しっかりやっていきたい。

薬事承認を取得して発売できるのは2031年と設定しています。通常、医薬品の開発はシーズが見つかってから10年から15年はかかるといわれています。それに比べて極端に短いので難しさはありますが、スピードを重視して進めていきたいですね。

 

責任と覚悟を持って人びとの生命・健康に貢献する企業へ


京都iCAPのサポートでよかったことはありますか。

千葉

2024年のシリーズAの段階で6億円もの投資を得ることができたのは京都iCAPさんの力が大きい。スタートしたばかりの段階でこれほどの資金調達は特筆すべきことだと思います。

 

小松

京都iCAPの上野さんには起業前から研究に対してさまざまな提案をいただいてきました。投資家としても優れた方ですが、人的ネットワークも構築されていますし、製薬会社で活躍されていたこともあって研究に対する嗅覚も鋭い。起業の準備もスムーズに進めることができ、ありがたかったですね。

 


今後の抱負と会社として目指す未来像について教えてください。

小松

BNCT用のナノ粒子薬剤開発では、薬剤が体のどこにあるのかをリアルタイムで知る方法があるとメリットが大きいと考えています。人によって薬剤の行き渡り方が異なる可能性もあるので、ナノ粒子になんらかの工夫ができないかということを研究しています。今後も基礎研究の積み上げを大切にしながら取り組んでいきます。

千葉

がんはいまだに撲滅されていない疾患です。親しい人をがんで亡くした方も多く、がん治療は非常に期待の高い分野です。新しい薬剤を開発し、人びとの健康や生命に貢献する、そういう役割を担う会社として成長していきたいと考えています。当社は年齢層の高いメンバーが集まった、いわゆる大人ベンチャーですが、熱いハートと高い志をもって、ドキドキワクワクする新しいことにチャレンジしてみようかという人たちばかりです。素晴らしい技術と人に巡り合えたご縁を大切にして、頑張るしかないと思っています。

 


起業を考えている方にメッセージをお願いします。

小松

研究者の起業は研究成果によると思います。私の場合、本業は基礎研究であり、教育です。それに支障が出るほど起業に邁進するという考えはありませんでした。やはり、先に起業ありきではなく、地に足をつけて基礎研究を積み上げ、その研究成果を客観的に見て、いろいろな人の意見を聞きながら、起業にふさわしいかどうかを判断するのが大事だと思いますね。もし、社会実装になじむような芽が出てきたら、さまざまな人に相談するというプロセスを踏みながら実現していくことが大事だと思います。

 

千葉

技術であれ、モノやサービスであれ、最も大切なのは、それが社会にどのような価値をもたらすのかということだと思います。自分たちの取り組みが、社会にどんな貢献をできるのかを、常に問い続けなければなりません。人生に与えられた時間は限られています。だからこそ、その貴重な時間を大切に使い、起業という挑戦を通じて、社会に対する意味のある貢献を成し遂げてほしいと願っています。

起業は、決して容易な道ではありません。大きなリスクを伴い、重い責任を引き受けることになります。それでもなお、最後までやり抜く覚悟があるのかが問われます。何があっても諦めず、最後の最後までやり切る。その情熱と覚悟をもって、ぜひ全力で挑戦してほしいですね!!

 

(2026年1月取材。所属、役職名等は取材当時のものです)


投資担当者より

京都大学は国内で唯一、原子炉を保有してきた国立大学として、約50年にわたりBNCTの研究開発を続けてきました。本年5月に研究用原子炉(KUR)の運用は終了するものの、その長年の研究成果のひとつとしてRN-501およびラジオナノセラピューティクスが誕生しました。京都iCAPは創業前より小松教授・鈴木教授とJST助成事業を通じて研究・事業計画を推進し、創業後は千葉社長と実践を重ねています。プロフェッショナルなチームと共に、同社のミッションである、がん患者さんとご家族の健康と未来への貢献を目指し、本事業を支援しています。

上野 博之
上野 博之

上野 博之


RadioNano Therapeutics株式会社

RadioNano Therapeutics株式会社

https://www.radionano-tx.com/

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