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#34 「死の谷」を下ってでも前に進み続け
「グリーンEPA」とバイオ燃料で2050年カーボンニュートラルに貢献したい

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  • 株式会社ファイトリピッド・テクノロジーズ
#34 「死の谷」を下ってでも前に進み続け「グリーンEPA」とバイオ燃料で2050年カーボンニュートラルに貢献したい

2020年10月、当時の菅義偉首相が所信表明演説で2050年における温室効果ガスをゼロとする、カーボンニュートラル宣言を行った。それから5年余りが経過し、日本中でさまざまな取り組みが行われている。その宣言をターゲットとした起業も多い。2021年に設立された、東京科学大学系スタートアップ、ファイトリピッド・テクノロジーズ(神奈川県横浜市)もその1社だ。食用や燃料用に活用できる油脂を多く含んだ藻類、ナンノクロロプシスを高密度で培養できる技術を売りにしている。その代表取締役兼CEOである太田啓之氏に起業の経緯とこれからの展望を、CAO(Chief Administration Officer)の露崎佐樹子氏に参画の経緯を、それぞれ聞いた。
(聞き手:荻野進介)

基礎研究から応用研究への移行


なぜ起業を目指すようになったのでしょうか。

太田

私は1991年に東京工業大学(現・東京科学大学)の助手となり、助教授、教授と32年間、お世話になってきました。所属したのは理学系の専攻で基礎系の研究室でした。私は農学部出身ということもありもともと応用的かつ実用的な方面に興味を持っていたのですが、2007年に教授になると実用研究にも活動を広げていきました。具体的には、企業との共同研究や社会実装を出口とした大型プロジェクトを目指すようになったのです。

学界の潮流もそうで、光合成をはじめとする植物に関する日本の研究は、基礎的な部分は世界的にもレベルが高いが、成果が応用になかなかつながらないという苦言が囁かれていました。そこで2010年、日本の植物学の中心的な研究者約500名が集まり、基礎研究を応用につなげるにはどうしたらいいかをテーマにしたシンポジウムが開催されました。参加者は自らが実験施設(ラボ)を持っているような専門研究者ばかりで、まさに前代未聞の決起集会のようなものでした。

私は5名ほどいた演者の1人に選ばれパネルディスカッションにも参加しました。そのディスカションで、いわゆる「死の谷」の話になったのです。開発ステージと事業化ステージの間にある障壁のことで、この障壁を乗り越える難しさを表した言葉です。開発には多額の資金が必要であり、失敗した場合には谷底に落ちるようなダメージを負うというわけです。

「どうやって死の谷を越えますか」という問いが出た時、私はこう言いました。「死の谷を下ってでも前に進み続けます」と。具体的手立てがあったわけではなく、思わず口をついて出てしまったのですが、日本全国のライバル兼同学の士が集う場で吐いた言葉ですから、これは非常に重い。一旦、挑戦したからにはやり切るしかない。そんな思いが心の底に芽生えたのでしょう。当時から今も、そのやり切るという思いと考え方が起業には重要だと思っています。主催者の方には後から、「このシンポジウムは、死の谷を越えるために橋を架けてほしい、つまり橋を架ける研究費が必要であることをアピールするのが目的だったのに・・」と怒られましたが。

 

太田 啓之
太田 啓之 代表取締役CEO
京都大学大学院農学研究科修了。博士(農学)。三井植物バイオ研究所研究員、国立基礎生物学研究所協力研究員を経て、1991年から2023年まで東京工業大学(現・東京科学大学)で研究に従事し、2007年から2023年まで教授を務めた。
2021年4月に株式会社ファイトリピッド・テクノロジーズを設立し代表取締役CEOに就任。

夢の藻類、ナンノクロロプシス


それからますます応用を目指す研究に邁進していったわけですね。実際の起業のネタはどう見つけられたのでしょうか。

太田

その直後にJST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)によるCREST(戦略的創造研究推進事業)という研究費で、藻類によるものづくりに関わるプロジェクトの公募があったんです。未来のイノベーションの芽を育てる、産官学の垣根を超えた大規模な研究プロジェクトがその対象となります。これこそ、私のために用意された研究費に違いない!と勝手に考え、応募したのですが、1回目は落とされ、2011年の2回目になってようやく採択されました。

その研究費で出口側の仕事をスタートさせたところ、起業のネタとなったナンノクロロプシスという藻類に出会うことができたのです。ナンノクロロプシスの最大の特徴は油脂を高い割合(最大50~60%)で蓄積することで、食料や燃料として活用することができます。

油脂を高蓄積するナンノクロロプシス
油脂を高蓄積するナンノクロロプシス

一夜にして起業を決意しCAO適任者を見出す


夢のような藻類ですね。そのナンノクロロプシスをもとに起業するに至った経緯を教えてください。

太田

CRESTの後の次のステップに進むために、研究開発型スタートアップの創出を支援するNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・総合技術開発機構)の公募プロジェクトに応募したりしていました。その際、私が相談を持ち掛けていた経済産業省の職員から、忘れもしない2021年1月12日、藻類の出口側の研究開発支援に関しては、今後は当時の菅政権下で立ち上ったグリーンイノベーション基金に一括しますと言われたのです。当時、2兆円規模で立ち上った大規模補正予算、それがグリーンイノベーション基金でした。それはちょうどいい、そこに応募したいとその人に告げたところ、「この研究費は企業しか応募できない。大学の先生は無理なんです」と言われてしまったんです。

当時、私は東京工業大学の教授でした。それを聞いて梯子を外された感じがしました。研究開発の結果を自分が主体になって出口に持って行くという夢が雲散霧消してしまったのです。さてどうするか。一晩ずっと考えました。私のこれまでの成果を基にした構想を丸ごと引き受けてくれる企業があったら万々歳ですが、そんな企業があるはずもない。しかし諦めることもできない。次の日には自分で起業するしかないと決意し、大学のイノベーション担当の職員に相談に行きました。

その担当者から「先生、やはり社長になる人を見つけてきてください。お弟子さんでもいいです。いなければ紹介します」と言われたのですが、思い当たる人はいないし、ぽんと紹介してもらった人がうまく行くとは到底思えず、やはり自分で社長をやるしかないと思いました。ただ、一人では会社はやっていけませんから、これまで大学で一緒に研究してきた研究員に会社を手伝ってくれるかどうか相談したところ、「手伝ってもいいけれど、福利厚生などの管理面をきちんとしてください」ときっぱり言われた。そういうことが肝心だと初めて気づきました。

誰か適任がいないか考えていたところ、身近にいたんです。私は東京工業大学で研究支援関係のセンター長をやっていたのですが、その事務を担当してくれていた露崎佐樹子さんです。当時は非正規勤務で、しかも事情があって3月中に退職する予定で後任者を探していたという状況でした。

この人しかいないと当面在宅でもいいからと口説き落とし、総務から人事、経理まで、社長以外の仕事を全部担ってもらうオペレーションマネージャー(現在はCAO)になってもらいました。露崎さんがいなかったら、会社は立ち上らなかったでしょう。会社が設立されたのは2021年4月のことです。

 


露崎さん、当時の太田さんはどのような人でしたか。

露崎

当時仕事ではセンター長の太田と毎日接するわけではなかったのですが、人柄のよい、素晴らしい人格者であることはよく認識していました。新卒で入った会社を辞めてから長年、専業主婦をやった後、社会復帰の足掛かりとして週3日ほどパートとして務めており、声をかけられたのは引っ越しを機に次の職場を探そうと思っていた矢先でした。いきなり多忙の身となり、『小さな会社の経理・総務・人事が全部自分でできる本』といったタイトルの本を買い込み、熟読し、ネットで調べまくりながら、会社の体制を1つずつ整えていきました。

太田はこの会社を設立するにあたって、退職金をすべて創業資金に投じています。この会社の所在地は東京科学大学すずかけ台キャンパスの隣にあるのですが、最寄り駅である田園都市線すずかけ台駅の周辺には喫茶店の類が1軒もありません。太田の夢はそんな駅の前に学生が集う喫茶店を開くことだったそうです。その夢が退職金でかなうのに、それをすべて投げうち、自分が取り組んできたことを少しでも社会に実装し、役立てたいと思って起業すると知りました。その志と熱意に打たれて、ベンチャー企業の何でも役という“無理難題”を引き受けることにしました。

 

露崎 佐樹子
露崎 佐樹子 取締役CAO
東京外国語大学ペルシャ語学科を卒業後、大手事業会社の中近東アフリカ事業部に入社し、2000年まで勤務。その後、一般社団法人や事業会社での勤務を経て、2018年から2021年まで東京工業大学バイオ研究基盤支援総合センターに所属した。2021年4月の会社立ち上げと同時にファイトリピッド・テクノロジーズへ入社し、2023年4月より取締役を務めている。

「グリーンEPA」で人類の未来を支える


起業のネタとなったナンノクロロプシスについてもう少し詳しくお伺いします。どんなビジネスモデルを描いているのでしょうか。

太田

ナンノクロロプシスはω3脂肪酸の代表格であるエイコペンタエン酸(EPA)を多量に含みます。EPAに代表されるω3脂肪酸は人間が健康を維持するために一定量の摂取が不可欠です。それらは魚体に多く含まれているので、我々は魚を食べることによってω3脂肪酸を摂取しています。しかし、人口増加が続くと近い将来、天然魚だけでは十分な量のω3脂肪酸をまかなえない時代がやってきます。

では、養殖魚の割合を増やせばいいかといえば、そういう簡単な話ではありません。養殖魚を飼育する際の餌としてワムシという動物プランクトンがいるのですが、ワムシの餌となっているのがナンノクロロプシスなのです。実際、ワムシの飼育用にナンノクロロプシスは古くから国内で一定の規模で培養されていました。

しかし、養殖の需要が大幅に増加するとワムシの生産が追いつかなくなり、植物由来の餌を使うようになります。植物由来の餌にはEPAが含まれていないため、魚体にもEPAは蓄積しません。そうなると、我々は魚を食べる以外の方法でEPAを摂取する必要があります。魚の養殖が増えれば増えるほど、ナンノクロロプシスの大規模培養を目指すわれわれの出番がくるというわけです。

 


それは大きな将来性があるということですね。

太田

はい。われわれは魚由来のEPAを「ブルーEPA」と呼び、一方で藻類から採取したEPAを「健康維持に欠かせない物質を緑の生物から提供する」という意味で「グリーンEPA」と名付け商標も獲得しました。しかも、ナンノクロロプシスにはEPAの代謝生産物であるオキシリピンが含まれており、これも人体に有用な物質です。オキシリピンはEPA以上に付加価値が高い物質で、「グリーンEPA+(プラス)」と名付けました。

ナンノクロロプシス由来のオキシリピンをサプリメントの材料に使ったり、医薬品、化粧品などの原材料にしたり、油脂を食用油脂やバイオ燃料に変換するといった多彩な事業展開を考えており、それによって地球上の二酸化炭素の削減を進め、国が掲げる2050年におけるカーボンニュートラル(二酸化炭素排出ゼロ)に貢献したいと考えています。

会社名のファイトリピッド・テクノロジーズですが、「ファイト(Phyto)」はギリシャ語で植物や藻類という意味で、闘うという意味の「ファイト(Fight)」もかけています。「リピッド(Lipid)」は英語で脂質という意味です。ナンノクロロプシスのポテンシャルを最大限に引き出す独自の技術力が当社の特徴であり、その意味を「テクノロジーズ(Technologies)」という言葉に込めています。

 

ナンノクロロプシスのポテンシャルを生かした多彩な事業展開の可能性
ナンノクロロプシスのポテンシャルを生かした多彩な事業展開の可能性

資金調達に苦しむ


その後、資金調達の状況はいかがでしょうか。

太田

結局、グリーンイノベーション基金には応募しませんでした。基金に採択されると、全10年間のうち、最初は事業資金の9割ほどの支援をしてくれるのですが、その比率が年々下がり、それに応じた自前の資金を用意しなければならなかったのに、そのことに気づいたのが申請の締め切り1カ月前だったのです。その資金の手立てがつかず、泣く泣く諦めました。

直近では、農林水産省によるSBIRプログラム(中小企業イノベーション創出推進事業支援)に応募したのですが、2023年10月に不採択ということになりました。私は十中八九大丈夫だろうと踏んでいたので、その知らせを聞き奈落の底に落ちたような気になりました(笑)。申請額は30億円でした。少しずつ投資してくださる先はあったのですが、事業開発を続けるには不十分でした。そうした時に昨年に実現した2億2000万円の第三者割当増資の組成をリードし苦境を救ってくれたのが、京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)でした。死の谷を彷徨っていたわが社が今ようやく崖を登り始めたところです。

ナンノクロロプシスの培養施設をつくり2032年にIPOを目指す


会社の将来像をどのように描いていますか。

太田

ここ3年間くらいでサプリメントや食用油脂など、プロトタイプの製品づくりを行いたいですね。幸いこの1月にディープテックベンチャーの事業発展をサポートするNEDOプログラムに採択されこの取り組みを加速することが可能になりました。2028年には0.1ヘクタール規模のナンノクロロプシスの培養施設を瀬戸内に作りたいと考えています。これが完成すれば小規模ですが製品の販売を開始できるでしょう。2030年には施設規模を10倍に拡大して1ヘクタールにし、2032年の株式公開(IPO)を目指します。

社員は現在13名いますが、ありがたいことに若いメンバーがどんどん増えつつあります。CTO(Chief Technology Officer)は68歳の私ですが副CTOが37歳で、技術面では彼が徐々に全体を牽引するようになっています。当社にはビジネスに通じ営業もわかる人が非常に少なかったのですが、京都iCAPの尽力もあり営業人材をはじめて採用することができました。その人が41歳です。私より2、3世代下の人材が会社の中心を担うようになっていますので、私はいつ退いても大丈夫ですが、事業化そしてIPOに向けてまだまだ死の谷を必死でよじ登っていく覚悟です。

 


最後に起業志望者へのアドバイスをお願いします。

太田

私が何を助言したとしても、適切な内容にならないと思います。なぜかといえば、あらゆる起業はそれぞれパターンが違うからで、それぞれのパターンに応じた最適なやり方があるはずだからです。私の場合、大学のイノベーションセンターに相談した際、「社長をほかに立てたほうがいい」と言われましたが、その通りにしませんでした。今でも私が社長になって正解だったと思っています。起業における共通のセオリーはなく、各自によって異なる最適解が必ず存在すると思っています。起業志望者はその解を自分で見つけて欲しい。

私の場合は、露崎さんを始めとした、人の縁に支えられました。32年間の東京工業大学における人脈がなかったら、この会社は立ち上がらず走り始めなかったでしょう。そういう意味では非常にありがたいことでした。今改めて、ここからが本当の意味でのスタートだと思っています。

(2026年1月取材。所属、役職名等は取材当時のものです)


投資担当者より

「微細藻類スタートアップ」には先行企業が国内外を問わず多々ありますが、当社は先例に学びつつも後発であるからこその勝ち筋を描いています。執念とこだわりと柔軟性と人徳が同居する太田社長には不思議な魅力があり、次世代の人材含め仲間が続々と集まってきています。
京都iCAPはPLTが人と地球の健康に不可欠な存在になってゆくことを大いに期待しており、PLTへのサポートを継続してまいります。

篠原 昌宏
篠原 昌宏

篠原 昌宏


クオリプス株式会社

ファイトリピッド・テクノロジーズ

https://phytolipidtech.co.jp/

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